6.修行者たちの影が行き交う坂道
坂道を上るたび、私は胸の奥で何かが静かに目を覚ましていくのを感じていた。
まだ眠りから覚めきらない朝の霧が、街の輪廓をやわらかく包み込み、石畳を湿らせている。
その霧の中を、修行者の影があった。
彼らは誰も言葉を発しない。
ただ、足音だけが石畳に淡く響き、すぐに霧へと溶けていく。
その音は、私の鼓動と同じリズムを刻み、やがては山の呼吸と一つになるように聞こえた。
坂道の途中、古い祈祷旗(タルチョ)が風に揺れて、色褪せた布が空気を切る。
その一瞬、私は自分が “どこか別の層” に足を踏み入れたような錯覚に包まれた。
街の喧騒は遠く、霧の向こうでは、まだ目覚めきらないカンチェンジュンガが静かに横たわっている。
霊峰の雪は、朝の光をまだ受けず、青白く沈黙している。
すれ違う修行者たちの影は、皆、何かを抱えているように見えた。
祈りか、沈黙か、それとも山から授かった秘密か。
私はまだ何者でもない。
ただ、その影のひとつひとりが、私の内側に小さな火を灯していくのを感じていた。
その火は、誰かが点けたものではなく、私がこれまで求めてきた何かへの応答のように思えた。
坂道の上から、ひとりの老人がゆっくりと降りてきた。
白い髭が霧に濡れ、瞳だけが澄んだ湖のように光っている。
すれ違う瞬間、彼はわずかに会釈した。
その動きは、まるで“見えない何か”への挨拶のようだった。
私自身ではなく、私の内側にある“何か”への挨拶だったのかもしれない。
私は思わず立ち止まり、振り返った。
しかし老人の姿は、もう霧の中に消えていた。
空気が少しだけ静まり、私が呼吸するたびに、霧が胸の奥へと吸い込まれていくのを感じた。
この街では、人も霧も祈りも、すべてが同じ呼吸をしている。
その呼吸に触れるたびに、私は自分がどこへ向かうべきか、少しずつ理解し始めていた。
この霧の中の石畳の坂を歩きながら、私は自分の“道”が、すでに私の内側で始まっていることを知っていた。
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・祈祷旗(タルチョ・ルンタ)
カンチェンジュンガの麓に広がる祈祷旗(タルチョ)は、風に揺れるたびに祈りと慈悲を天へ運び、空間を浄化すると信じられています。
五色の旗は空・風・火・水・地の五大を象徴し、中央には幸運を運ぶ「風の馬(ルンタ)」が描かれます。
さらに真言(祈りの言葉)や四神(虎・獅子・ガルダ・龍)が刻まれ、旗がはためくごとに読誦と同じ功徳が積まれ、すべての生命の幸福と健康が祈られています。
この「風の馬」の象徴にちなみ、五色の旗はルンタとも呼ばれます。


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