16.飢えと寒さの中で
── 死の淵で受けた見えざる手が
裸足だった。
誓いがあった、靴は持たなかった。
岩は刃のように足裏を裂き、雪は骨の奥まで冷気を送った。
血の跡が白い道に点々と続いた。
だが、自分がまだ生きていることの証だった。
リシケシを過ぎ、さらに奥へ。
バドリナートへの道は、天がどう考えているか、わからなかった。
風は祈りを吹き飛ばし、霧は行って手を緩めた。
何日も、食べるものがなかった。
道の端に倒れたとき、頭の中は静かだった。
もう、ここまでか。
この肉の器を、ここに置いてみよう。
恐怖はなかった。ただ、白い静けさがあった。
雪の匂いと、遠い峰のざわめきと、
呼吸が徐々に薄くなっていく感覚。
それは何度も訪れた ── 幾度も、幾度も。
そのたびに、見知らぬ人が近づき、
彼らは無言でかがみ込み、
ロティ(パン)を、温かいミルクを、差し出した。
そして名のることもなく、霧の中に消えていった。
最初からそこにいたのかどうかも、わからなかった。
私は、その手の暖かさを何度も反芻した。
なぜ、この人はここにいるのか。
なぜ、このときに。
生かされている。
それは感謝ではなく、確信だった。
もはや疑いようのない、骨の底に刻まれた確信。
肉体は何度でも折れる。
しかしその折れる瞬間に必ず、見えない何かがいる。
私の魂には、消えない印が刻まれていた
──どんな闇にも、パンを持った手が見えて、
という静かな確信が。
「 雪路の奇跡 」
※ リシケシ (Rishikesh) :インド北部ウッタラーカンド州にある、ガンジス川沿いのヒンドゥー教の聖地。世界的なヨガや瞑想の修行地(アシュラム)が集まる「ヨガの首都」として知られる。
※ バドリナート (Badrinath) :インドのヒマラヤ奥地、標高約3,100メートルに位置するヒンドゥー教の最高聖地。ヴィシュヌ神を祀る大寺院があり、古代から続く四大聖地(チャールダーム)の一つ。
(参考)
ヒンドゥ教の四大聖地:インドの東西南北の果て、四方に配置された最も神聖な4つの住処。これらを一生に一度巡ることが、ヒンドゥー教徒の究極の願いとされています。
【北】バドリナート (Badrinath)、【東】プリー (Puri)、
【南】ラーメーシュワラム (Rameswaram)、【西】ドワールカー (Dwarka)


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