~ 旅立ちの時 ~

13.僧院(Math)を出る朝、私は歩き始めた
 朝の空気は、いつもより冷たく澄んでいた。
夜明け前の薄闇の中、私は静かに門を閉めた。
その音は、思っていたよりも軽かった。
まるで、すべての執着が綺麗に削ぎ落とされたかのように。

持参したのは、
水瓶(カマンダル)と一本の杖(ダンダ)だけ。
それ以外には、何も持たなかったし、必要でもなかった。
身に纏うのは、一枚の聖なる腰布(カウピーナ)のみ。

これまで学んだヴェーダーンタの言葉が、
胸の奥で、静かに語りかけていた。
「Tat Tvam Asi(タット・トヴァム・アシ)——お前はそれ(宇宙の真理)である」
本の中にあったその言葉を、文字通りの“生きた真実”にするために、
私は北へ向かう道へ、一歩を踏み出した。

歩き出してすぐ、
自分の影が長く伸びていくのが見えた。
その影は、私よりも先に道を進んでいた。
まるで、行く先を知っているかのように。

飢えも、寒さも、孤独も、
すべてを受け入れる覚悟で。
山の方から吹く風が、
むき出しの肌を包み、頬を切るように通り過ぎていく。

その冷たさが、
これから始まる旅の歓びと、苦行の峻厳さを、同時に告げていた。
だが私の心は、ただ、自由だった。


※  タット・トヴァム・アシ(Tat Tvam Asi)
 ウパニシャッドと呼ばれるインドの古い聖典に記された、最も重要な真理の言葉(聖句)の一つ。サンスクリット語で「お前はそれである」を意味します
・ タット(Tat) = それ(宇宙の無限の真理・神)
・ トヴァム(Tvam) = お前(個人の本質・魂)
・ アシ(Asi) = 〜である
 ここでいう「それ」とは、宇宙の本源(いわゆる神の領域)のこと。
「人間の本質(アートマン)は、宇宙の広大な真理(ブラフマン)そのものである」という意味を持ち、衣服や財産などの「外側のもの」をすべて削ぎ落としたとき、私たちの内側には最初から無限の神聖さが満ちている、というヴェーダーンタ哲学の究極のゴールを教えてくれる言葉です。

※ カマンダル(Kamandalu): 修行僧が使う水瓶。
※ ダンダ(Danda): 俗世の欲望をコントロールする象徴でもある一本の杖。
※ カウピーナ(Kaupina)
 インドの遍歴修行者(Parivrājaka)が身に着ける、最低限の小さな聖布(腰布)のこと。世俗の衣服や装飾、虚栄心をすべて捨て去り、神聖さだけを身に纏って生きる「完全な無所有」の象徴です。

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