第8話 ~ バラモンと乳搾りの女性 ~

8.自己を明け渡す
 第8話は、川を渡る乳搾りの女性(The Milkmaid Crossing the River)が出てきます。
この譬え話(寓話)の訳文、少し長くなりますが、まずは読んでみましょう。

ある川の向こう岸に住むバラモンに、毎日牛乳を届けている貧しい乳搾りの女性がいました。川の渡し船の運行が不規則なため、時間通りに牛乳を届けることができません。ある日、遅れたことをバラモンに厳しく叱責された女性は、申し訳なさそうに言いました。
「どうしたらよいのでしょう。家は早く出るのですが、川岸で船頭や他の乗客がそろうのを長い間待たなければならないのです」
すると、バラモンはこう皮肉を言いました。
「これだから無知な者は困る。人は神の名を唱えることで『人生という果てしない大海』さえ渡ることができるというのに、お前はそのような小さな川一つ渡れないというのか?」
純朴で信仰深いその女性は、バラモンの言葉を文字通りに信じ、川を簡単に渡る方法が見つかったと大喜びしました。
翌日から牛乳は毎朝早くに届くようになり、女性も船代が節約できたことを喜びました。不思議に思ったバラモンはある日、女性に尋ねました。
「どうして最近はまったく遅れなくなったのだね?」
女性は答えました。
「あなたが教えてくださった通り、主(神)の名を唱えて川を歩いて渡っているのです。もう船頭を待つ必要はありませんわ」
バラモンは信じられず、「どうやって渡るのか、私に見せてみなさい」と言いました。
女性はバラモンを連れて、そのまま水の上を歩き始めました。驚いたバラモンが後ろからついていこうとしますが、ふと振り返った女性は、バラモンの哀れな姿を見て言いました。
「まあ、どうされたのですか? あなたは口では神の名を唱えながら、手で着物が水に濡れないよう、しているではありませんか。あなたは神を完全に信頼していません」
すべての奇跡の根源には、神への完全な帰依(自己を明け渡すこと)と、絶対的な信仰がある。


訳文は以上です。

ところで、この話の中で、バラモンが「人は神の名を唱えることで『人生という果てしない大海』さえ渡ることができるというのに、お前はそのような小さな川一つ渡れないというのか?」と言いました。
人生と小さな川を比べて、彼はいったい何を言いたかったのでしょうか?

実はインドの人々にとっては、子どもの頃から慣れ親しんでいる「定番の譬え話」があり、説明がなくてもスーッと理解できる背景があります。それが次の2つの教えです。

1.「人生の大海」という定番の人生観
インドでは、この世(輪廻転生を繰り返す苦しみの世界)のことを、「険しい海(生死の苦海)」に例えます。その苦しい海を渡って、向こう岸にある「神の世界(悟り・救い)」へ行く、という人生観がベースにあります。
2,「神の名を唱えるだけで救われる」という教え(バクティ思想)
「神様の名前を心を込めて唱え続けるだけで、どんな罪人でも守られ、人生の苦しい海を安全に渡りきって救われる(解脱できる)」という信仰です。

バラモンにはこのような背景があったため、「人生の荒波に比べたら、目の前の川なんて小さな問題だ。神を信じていればそれくらい超えられるはずだろ」と、知識をひけらかして極端な嫌みを言ったわけですね。

そして、純粋な女性は「あ、神様の名前を唱えれば、本当にこの川を歩いて渡れるんだ!」と信じてしまい、自己を明け渡してしまい、本当に奇跡が起きてしまった。
この皮肉とユーモアこそが、この寓話の面白いところなんですね。

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