20. 西洋への旅立ち ――
海の彼方から、一通の手紙が届いた。
名を見た瞬間、私の胸は静かに震えた。
ナレン――。
あのバラナガル僧院の朝、
飢えを分かち、祈りを分かち、
まだ見ぬ未来を語り合った兄弟。
ロンドンから届いた手紙には、短い言葉が添えられていた。
「西洋で、私たちの仕事を続けてほしい」
短きその一文の奥に、私は師の声を聞いた。
私の源泉となった師の、あの深き呼びかけを。
それは依頼ではなかった。
運命の、静かな呼びかけであった。
手紙を握る私の心に、過ぎ去った歳月が甦る。
裸足で歩いた荒野。飢えと渇きの中で見上げた空。
神を求めて涙した夜。カンチェンジュンガの雪峰の沈黙。
そして、リシケシの師の眼差し。
「それはすでに、お前自身の内にある」
あの日、師から受け継いだ火は、今も静かに燃えていた。 信仰の火。探究の火。覚醒の火。
その炎は、歳月によって消えることなく、
むしろ澄み、深まり、静かに燃え続けていた。
師より授かりしハート――真理を愛する、燃ゆる心。
ヒマラヤにて磨かれしヘッド――真理を見抜く、鋭い知性。
ふたつは今、ひとつの光となる。
私は静かに立ち上がり、遥か西の空を見つめた。
そこにはまだ見ぬ大陸があり、まだ見ぬ人々がいた。
異なる言葉。異なる文化。異なる思想。
しかし、その奥に宿るものは、一つの魂。
東と西を隔てる垣根を越えて、
人と人を結ぶために。心と心を結ぶために。
もはや一人の遍歴行者ではない。
私を導く師の光があり、送り出す兄弟の信頼があり、
私の内には、決して消えることのない沈黙の火がある。
ヒマラヤの風は、今もなお吹いている。
ガンジスの流れは、今もなお海へ向かっている。
旅は終わらない。真理の光は受け継がれ、
愛の光は広がり続ける。
そのときはまだ知らなかった。
この歩みが、やがて東西の思想を結ぶ架け橋として、
歴史の中に刻まれることを。
海の彼方には、新しき時代の夜明け。
そして、新しい世界が、静かに私を待っていた。
(第1部 遍歴修行編 完)
【 3人の巨星 】
19世紀インドの偉大な神秘家、世界に東洋哲学・思想の旋風を巻き起こした天才、伝統宗教界の頂点に立つ伝説の聖者を、ご紹介します。
・ シュリ・ラーマクリシュナ(Sri Ramakrishna, 1836~1886)
近代インドの最大の聖者。ガンジス河畔のカルカッタ・ダクシネシュワルを拠点に、強烈な神への愛(バクティ)に基づき、生涯で数々の神秘体験を重ねた。ヒンドゥー教だけでなくイスラム教やキリスト教の修行も行い、「すべての宗教は同じ一つの神へ至る異なる道である」(万教同根の思想)を自ら実証した。彼の素朴で深い教えは宗派を超えて多くの知識人や民衆を魅了し、近代インドの精神的復興の源流となった。
・ スワミ・ヴィヴェーカーナンダ(Swami Vivekananda, 1863~1902)
ラーマクリシュナの直弟子で筆頭格の人。1893年のシカゴ万国宗教会議で演説し、ヴェーダーンタ哲学とヨーガの思想を西洋に伝えて世界的な反響を呼んだ。帰国後は、伝統的な出家主義に社会的奉仕(人道支援・教育)を融合させた新しい宗教運動を展開した。近代インドのナショナリズムや精神的復興に多大な影響を与え、現代でも国民的英雄として敬われている。
・ スワミ・ダンラージ・ギリ(Swami Dhanraj Giri, 1811~1901)
19世紀インドの著名なヒンドゥー教サニヤーシン(出家)で、ヴェーダーンタ哲学の権威。北インドの聖地リシケシに初の本格的な学問・修行の拠点「カイラシュ・アシュラム」を創設。巡礼地だったリシケシを、現代に続くヨーガと精神世界の世界的拠点へと変貌させる礎を築いた。ヴィヴェーカーナンダら近代インドの若き聖者たちと深く交流し、伝統的な立場から彼らの活動を後押ししたことでも知られる。


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