~ インドの精神的ルネサンス ~

【コラム】 共鳴する世界
 若きスワミ・アベダーナンダ(当時は、カリ・プラサード)が時代、様々な哲学や思想に関心を寄せていて、その同じ北カルカッタには、ラヒリ・マハサヤという聖者が、クリヤ・ヨーガという道にいました。
それは、19世紀末のカルカッタ(現在のコルカタ)が放っていた「精神的な熱量」と「多層的な真理の交錯」を鮮やかに描き出しています。

知性の探求からスピリチュアルな極致へと向かう若きアベダーナンダと、瞑想の静寂の中で宇宙そのものと響き合っていたラヒリ・マハサヤ。同じ街の空気を吸いながら、異なるアプローチで、同じ偉大な真理(ワンネス)に近づいていく二人の姿は、まさに「世界が共鳴している」という表現が相応しい。
このドラマチックな物語を、歴史的な背景を交えながら3つの要素に整理してみましょう。

  1. 若きアベダーナンダの「知的な渇望」
    後にシュリー・ラーマクリシュナの直弟子となる少年カリ・プラサードは、カルカッタの熱気の中で育ちました。
    • 思想の荒波: 彼は東洋の熱烈なヴェーダ哲学やパタンジャリの『ヨーガ・スートラ』を貪るように読む一方で、ジョン・スチュアート・ミルのような西洋の論理学や近代哲学、さらにはキリスト教思想やブラフモ・サマージ(ヒンドゥー教改革運動)の講義にも熱心に耳を傾けていました。
    • イメージ: カルカッタの古い書物や講義室の片隅で、世界のあらゆる思想を咀嚼し、「真実の生き方とは何か、宇宙の法則とは何か」を鋭い知性で追い求めている、情熱的で思索的な青年の姿です。
  2. ラヒリ・マハサヤの「静かなる宇宙の共鳴」
    その同じ時代、同じカルカッタの地に、パラマハンサ・ヨガナンダの師の師(パラムグル)であるクリヤ・ヨーガの偉大な先駆者ラヒリ・マハサヤがいました。
    • 在家の聖者: 彼は社会から隔絶した出家者、隠者ではなく、家族を養い、働きながら、内奥では神仏や宇宙と完全に一体化していました。彼が伝えるクリヤ・ヨーガの道は、呼吸とエネルギーをコントロールすることで、人間の脊髄を神聖な楽器へと変える科学的な技法でした。
    • イメージ: 街の喧騒の中、一見すると普通の市民でありながら、一歩その部屋に足を踏み入れると、無限の静寂と光が満ちている。彼の周囲では、呼吸の一つひとつが宇宙の根源的な振動(オーム)とシンクロし、文字通り「世界が共鳴」しています。
  3. 北カルカッタという「共鳴する世界(The World in Resonance)」
    当時の北カルカッタは、単なる地理的な場所ではなく、「人類の精神的進化が同時多発的に響き合う共鳴世界」でした。
    • アベダーナンダやスワミ・ヴィヴェーカーナンダのような若者たちが、街の表舞台で「言葉と哲学」によって真理を模索していたその裏で、ラヒリ・マハサヤのクリヤ・ヨーガの系譜(パラマハンサ・ヨガナンダの両親など)が「瞑想と実践」によって、目に見えない次元からカルカッタの精神的土壌を震わせていました。
    • これらは別々の動きのように見えて、根底では同じ「インドの精神的ルネサンス」(※)という大きなうねりとして繋がっていたのです。

※ インドの精神的ルネサンス
19世紀のインドで高まった、ヒンドゥー教の改革を目指す宗教運動、イギリスの植民地支配下のインド帝国において、植民地当局によって鉄道の敷設や英語による学校教育など、「近代化」が進められた。
インド人固有の信仰であるヒンドゥー教を信仰する民衆もキリスト教を知り、英語教育などを通じて西洋の合理的思考にも接することとなった。
その影響に対する反応として、キリスト教や西洋思想に反発して、インド固有のヒンドゥー教の本来の姿を復活させることを主張する人々と、キリスト教や合理的思想を容認して遅れたインド社会の革新を目指す人々という二つの側面の運動が起こった。
ヒンドゥー教改革運動はこの復古主義的な側面と革新主義的な側面が微妙に共存しながら展開した。いずれも宗教改革運動として展開されたが、単に宗教改革にとどまらず、インド社会の変革、そしてインド人の民族の独立、インド人としてのアイデンティティの自覚をめざす運動に転化していったという点では共通しており、19世紀末から20世紀のインドの民族運動とナショナリズムの形成に大きな影響を与えた。
(※ 世界史の窓「世界史用語解説」より https://www.y-history.net/index.html )

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