― 公式記録から読み解くアベダーナンダの生涯
前回までは、カリ・プラサード(のちのアベダーナンダ)がその魂を育んだ北カルカッタという「精神の土壌」に焦点を当ててきました。しかし、彼が真にその活動の場を世界へと広げたとき、そこにどのような具体的な軌跡が刻まれたのでしょうか。
今回からは、スワミ・アベダーナンダが設立したラーマクリシュナ・ヴェーダーンタ僧院のサイトに掲載された「公式記録」をベースに、彼の生涯を振り返ります。
ここでの記述は、彼がいかにしてインドの伝統を背負いながら、異国の地で自身の思想を言語化していったのかというプロセスをシンプルに描き出していると思うからです。
この記録を辿ることは、後の第四部で詳述する「ロンドン、ニューヨーク」という大きな舞台へ向けて、私たちがアベダーナンダという人物をより鮮明にイメージするための準備となるはずです。
ラーマクリシュナ・ヴェーダーンタ僧院のサイトには、特に小見出しはありませんので、簡単に小見出しをつけて、和訳と必要に応じて簡単な解説を試みることにしましょう。
The Life Of Swami Abhedananda
スワミ・アベダーナンダの生涯
1.魂の目覚め:幼少期からラーマクリシュナとの出会いまで
1)カルカッタでの誕生と生い立ち
Swami Abhedananda was born in Calcutta on October 2, 1866. His father, Rasiklal Chandra, was a senior teacher of English in the Oriental Seminary of Calcutta.
スワミ・アベダーナンダは1866年10月2日、カルカッタに生まれた。父ラシクラル・チャンドラは、カルカッタのオリエンタル・セミナリーにて英語の上級教師を務めていた。
His mother Nayantara Devi named him “Kaliprasad”,meaning grace of the Divine Mother Kali.
母ナヤンタラ・デーヴィは、彼に、聖母カーリーの恩寵を意味する「カリ・プラサード」という名をつけた。
2)書物が開いた「哲学者の道」
His keen interest in Sanskrit and philosophy took a lion’s share of his studies in his boyhood.
少年時代、彼はサンスクリット語と哲学に深い関心を寄せ、学業の大半をその探究に費やした。
Even before he came of age, he felt an inner inspiration to learn Yoga.
成人に達する前から、彼の内にはすでにヨーガを学ぶという静かな衝動が芽生えていた。
3)師が暮らすダクシネーシュワルへの道と師の庭園での日々
His longing for yoga practice drove him to Sri Ramakrishna Paramahamsadev at Dakshineswar.
ヨーガを実践するという強い憬れが、彼をダクシネーシュワルのシュリ・ラーマクリシュナ・パラマハンサデヴのもとへと導いた。
Sri Ramakrishna recognised him as a great yogi in his previous birth and that this was his last birth.
シュリ・ラーマクリシュナは、彼が前世で偉大なヨギであったこと、そして今回の生が最後の転生であることを見抜いた。
He readily agreed to teach him yoga practices and initiated him with mantram.
師は、快くヨーガの実践を教授することに同意し、彼にマントラを授けた。(※)
The mystic touch of the Guru immediately led him to deep Samadhi.
師の神秘的な触れ(タッチ)は、彼を瞬時に深いサマーディへと導いた。(※)
Right from this beginning and during the course of his spiritual sadhana Kaliprasad experienced many divine visions till he reached the state beyond name and form.
この始まりから、霊的修行(サーダナ)の過程の中で、カリ・プラサードは、名と形を超えた境地に至るまで、数多くの神聖な幻視を体験することになる。
【 脚 注 】 mantramとthe mystic touch
このマントラと神秘的な触れ(タッチ)について、全集第10巻の「私の人生物語(自伝)」第7章p620では、次のように描かれています。
ここは、全文をそのまま書いてみましょう。
Thereafter he took me to the verandah on the northern side of his room. A bedstead was placed there, he asked me affectionately to sit on that. As I sat in the posture of Yoga, Paramahansadeva asked me to take out my tongue. When I took out my tongue he wrote a mulamantra (vija-mantra) with his right middle finger on the tongue and stimulated power in me and having attracted the power upwards by putting his hand on my chest he asked me to meditate. I did so. In course of meditation I lost sense-consciousness. Absorbed in deep meditation I sat motionless like a log in samadhi and felt a strange bliss which I had never experi-enced before. I forgot all about the world. I do not know how long I remained in that state, After sometime Paramahansadeva placed his hand on my chest and made the serpent power (Kundalini-sakti) descend downwards. I then regained sense-consciousness and my body was filled with a current of joy of immense purity.
その後、彼は私を部屋の北側にあるベランダへ連れて行きました。そこにはベッドが置かれていて、彼は親しみを込めて私にそこに座るように言いました。ヨーガの姿勢で座ると、パラマハンサデヴァは舌を出すようにと私に言いました。舌を出すと、彼は右手中指で私の舌の上にムラマントラ(ヴィジャ・マントラ)を書き、私の中に力を呼び覚ましました。そして、私の胸に手を置いてその力を上へと引き上げた後、瞑想するようにと私に言いました。私はその通りにしました。瞑想の最中、私は感覚意識を失いました。深い瞑想に没入し、私はサマーディの中で丸太のように動かずに座り、これまで経験したことのない奇妙な至福を感じました。私はこの世のすべてを忘れてしまい、どれほどその状態に留まっていたのかは分かりませんでした。しばらくして、パラマハンサ・デーヴァが私の胸に手を置き、蛇の力(クンダリーニ・シャクティ)を下へ降りてくるように導きました。すると私は感覚意識を取り戻し、私の身体は計り知れないほど純粋な喜びの奔流で満たされました。
・ 舌は「言霊」が生まれる聖なる場所であり、エネルギーの通り道。ここに直接マントラを刻むことは、弟子の言葉と知性に神聖な力を宿らせる行為とされます。
・ インドの霊的伝統では、最も長く天へ伸びる象徴性を持つ中指が、神聖な儀式に用いられます。人差し指はエゴ(自我)を表すため、マントラの伝授には使われない。
・ ヴィジャ(種子)マントラは、神の全エネルギーが一音に凝縮されたものとされます。その種を舌に「植え付ける」ことで、弟子の内奥に眠るクンダリーニの力が刺激され、目覚める―― この記述はまさにその瞬間を描いています。
次回は、若きアベダーナンダが直面した試練――師との別れ、そして放浪の修行時代を描きます。
大いなる喪失の中で、彼はいかにして自らの内なる道を切り拓いたのか。
その精神の航跡を、静かに辿っていきます。


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