北カルカッタという「霊的交差点」
― M・グプタと二つの霊的潮流
1. 都市の奥に潜んでいた「もう一つの静寂」
― ラヒリ・マハサヤとクリヤ・ヨーガの流れ
1886年前後、カリ・プラサード(のちの、アベダーナンダ、20歳)は、ラーマクリシュナのもとで修行に励み、
兄弟弟子たちと共に精神的覚醒のただ中にあった。
しかし、彼が歩いていた北カルカッタの路地には、「もう一つの霊的潮流」 が静かに息づいていた。
その中心にいたのが、ラヒリ・マハサヤ(1828–1895) である。
彼は、パラマハンサ・ヨガナンダの代表的な名著「あるヨギの自叙伝」にも登場する重要人物で、ヨガナンダの師、ユクテスワ・ギリの師でもある。
彼は北カルカッタの ガラパラ(Garpar)地区 に住んでいた。そこは、ナレンドラ(後のヴィヴェーカーナンダ)の家から徒歩圏にあり、カリ・プラサードの生家からも遠くない距離にあった。
在俗の文官として働き、夜には弟子たちにクリヤ・ヨーガを教え、外見は平凡でありながら、内側には深い静寂と霊的力を宿していた。市場の喧騒、印刷所の音、英国官吏の足音――そのすべての中で、ラヒリは揺るぎない「透明な呼吸」を保っていた。
2.M・グプタという静かな結節点
― ラーマクリシュナとラヒリ・マハサヤを結ぶ人
北カルカッタの霊的地図を語るうえで、もう一人欠かせない人がいる。
それが M(マヘンドラ)・グプタである。
M は、ラーマクリシュナの在俗の弟子で、ベンガル語で書いた『ラーマクリシュナの福音』の著者、若くして校長とも呼ばれた人であり、記憶・記録の達人であった。(※)
そして、もう一つ重要な事実を指摘しておかなければならない。
彼が、実はラヒリ・マハサヤに師事していたという、きわめて特異な位置に立つ人物であったことである。
彼の家は北カルカッタの シムラ地区(Simla) にあり、ナレンドラの家、ラヒリ・マハサヤの家、カリプラサードの生家のほぼ中間に位置していた。
つまり、M は物理的にも霊的にも「交差点」に住んでいた。
M はラーマクリシュナの言葉を逐語で記録しながら、ラヒリのもとでもクリヤ・ヨーガを学んでいた。
宗派の境界線を越え、二つの伝統を自然に往復していたのである。
M の存在そのものが、北カルカッタの「宗派を超えた呼吸」を象徴している。
3. 宗派を超えて呼吸していた北カルカッタ
― 境界線ではなく、共鳴の場としての北カルカッタ
19世紀末の北カルカッタでは、宗派の違いは「壁」ではなかった。
ラーマクリシュナは、ヒンドゥー、イスラム、キリスト教の道を自ら体験した
ラヒリ・マハサヤは在俗のままヨーガを深め、多くの家庭人を導いた。
Mはラーマクリシュナの言葉を記録しながら、ラヒリの弟子でもあり、ラヒリ・マハサヤからクリヤ・ヨーガを受けていた。
また、ナレンドラはブラフモ・サマージの青年であり、ラーマクリシュナの弟子となった。
カリ・プラサードはキリスト教説教もブラフモ・サマージも熱心に聞いた。
誰も「こちらの流派か、あちらの流派か」とは言わなかった。
むしろ、異なる道が互いに響き合い、同じ都市空間の中で呼吸していた。
19世紀末の北カルカッタでは、宗派の境界線はまだ硬直していなかった。まさに、宗派の境界線が溶ける場所だったのである。
4. 青年アベダーナンダは、その空気の中を歩いていた
― 北カルカッタは、霊的系譜の交差点だった
彼が歩いていた北カルカッタには、ラーマクリシュナ系とクリヤ・ヨーガ系という二つの霊的潮流が静かに流れていた。
その両者のあいだに立っていたのが、静かな結節点、M・グプタであった。
アベダーナンダが、Mの主著『ラーマクリシュナの福音』の最初期の英訳に関わり、彼と書簡を交わしている。
こうして1880年代の北カルカッタには、ラーマクリシュナ、ラヒリ・マハサヤ、M・グプタ、ナレンドラ、そしてカリ・プラサードという、異なる伝統に属しながらも、同じ都市空間で呼吸していた人々が暮らしていたのであった。
彼らの住む北カルカッタは、「共鳴する精神圏」だったということができる。
そしてカリ・プラサードは、そこで暮らし、その空気を吸い、その霊性に満ちた街を歩いた青年であった。
やがて彼は、世界宗教の調和と人間の内なる神性を説く生涯へと歩み出していく。
【 脚注 】 記録の達人 M・グプタ
マヘンドラナート・グプタは、ラーマクリシュナの晩年4年間の言行録(1882年2月19/26日から1886年4月24日までの会話)を、1897年から約35年間かけ “Sri Ramakrishna Kathamrita” (意味は、シュリ・ラーマクリシュナの言葉の甘露。邦訳は「不滅の言葉」で広く知られている)というタイトルで5冊に分けて発表した。記録の方法はつぎのように語られている。
「帰宅後、記憶を頼りにすべて書き記しました。時には一晩中起きていなければならないこともありました…時には、7日間かけて1回の瞑想の出来事を書き続け、歌われた歌やその順番、サマディなどを思い出しました…何度も出来事の描写に満足できないと感じ、すぐに深い瞑想に入りました…すると正しいイメージが浮かび上がってきました…だからこそ、物理的には大きな隔たりがあるにもかかわらず、この物語はまるでついさっき起こったことのように、私の心の中でとても鮮明で生き生きとしているのです。」
なお、アベダーナンダの英訳は、全5冊のうちの最初の2冊を「ラーマクリシュナの福音」として出版している(ニューヨーク・ヴェーダーンタ協会、1907年)

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