第4回 聖者たちの足跡 (1) 

― 雑踏の中で呼吸する聖者たち

 十九世紀後半のカルカッタは、帝都としての喧騒と、祈りの静寂が不思議な均衡を保つ街でした。

蒸気機関車の汽笛、馬車の車輪、新聞社の喧騒 ―― 

そのすぐ隣で、祈りを捧げる修行者の姿がありました。

1.近代都市の喧騒の中に、静寂の核があった

十九世紀後半のカルカッタは、イギリス領インドの首都として急速に近代化が進み、

街には絶えず音が満ちていました。

馬車の車輪が石畳を叩く音、英国官吏の革靴の足音、印刷機の回転する新聞社の喧騒、商人たちの呼び声、遠くから聞こえる蒸気船の汽笛。

しかし、その喧騒のすぐ隣で、祈りを捧げる修行者たちの姿がありました。

彼らは、都市の雑踏の中にあっても、まるで別の時間を生きているかのように静かでした。

カルカッタは、その二つの世界が同居する街だったのです。

2.ラーマクリシュナの時代

― ダクシネーシュワルから街へ

ラーマクリシュナが祈りを捧げていたダクシネーシュワル・カーリー寺院は、都市の中心から少し離れた場所にありました。

弟子たちは、そこに吸い寄せられるとともに、そこから街へ出ていき、カルカッタという巨大な都市の中で、それぞれの修行と成熟を深めていきました。

若きカリ・プラサード(のちの、スワミ・アベダーナンダ)もその一人でした。

彼は、ダクシネーシュワルで師のふるまいや、祈りを見つめ、フーグリー川の風を身に受け、そして街へ出て、近代都市の喧騒と人々の生活を肌で感じながら、精神的・霊的な成長を遂げていきました。

彼らが見たカルカッタの風景は、単なる都市の景色ではありませんでした。

行き交う馬車、英国官庁の白い建物、市場の喧騒、ガートの祈り、印刷所のインクの匂い

そして、夕暮れのフーグリー川に揺れる光、そのすべてが、彼らの精神を磨く「試練」であり「学び」であり、そして「祈りの延長」でもあったのです。

ラーマクリシュナの直弟子たちは、都市の中で「霊性を生きる」という新しい道を歩み始めていました。

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